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Dailog - ダイログ -

ろうあ者や手話通訳、時には時事ネタも突っ込む20代の次世代手話通訳者×全コーダが書くブログ。基本週一更新予定。

【行事参加レポートVol.3-1】第42回東北ろうあ青年研究討論会(1日目)

●第42回東北ろうあ青年研究討論会
=主催:東北ろうあ連盟青年部=
2016年7月30日(土)~31日(日) 宮城県大崎市東鳴子温泉郷 鳴子公民館・旅館勘七湯
[7月30日(土)](この記事で伝えるところ)
▼13:00~13:30 開会式
▼13:30~16:30 記念講演(1)「女性視点からの青年部活動について」
▼18:30~(21:00) 交流会

 

お待たせいたしました。東北青研の行事参加レポートです。

福島からは、青年部中央委員1人、東北青年部役員2人、一般青年会員2人、通研1人の合わせて6人が参加しました。

いわきから鳴子温泉というと、時間でいえば最低3時間ぐらいの移動になります。

 

当日の朝、6時頃起床。最寄り駅7時前に出ようと思ったら半分寝坊で間に合わず。

高速道路でショートカットするチート技を使い、それでも1本、30分遅れの高速バスにのって、郡山に移動しました。

10時07分のやまびこ号で古川駅に向かいました。
仙台止まりのやまびこが多いのですが、時間的にもちょうどいい時間で、盛岡行きがあり、便利だと思いました。

そのあと、古川駅に11時03分に到着。ここからは気動車に乗って、鳴子御殿湯駅を目指し、12時ちょっと前、無事会場最寄駅に到着しました。

 

最寄り駅である鳴子御殿湯駅は1面1線の小さな田舎駅です。階段がないので、とてもバリアフリーで、自動改札なるものはありません。

ワンマン列車で、列車進行方向一番前に行って、切符を渡して降りる形。

全国各地からわざわざお越しいただいた青年部の中央委員のみなさんは、この仕組がわからず、ドアが開かないことを不自然に思ったようです。

 

鳴子御殿湯駅について、東北の青年部の役員さんがお迎えに来てくれました。

駅から講演の会場は歩いて5分という便利な場所でした。が、お昼ごはんを食べていなかった私たち、到着した全国青年部中央委員のみなさんと、ご飯を食べに出かけました。

そんなこんなで13時ちょっと前になり、無事始まりました。

 

参加者は36人(プラス特別参加という子供達2人)とちょっとさびしい気持ちもありましたが、開会式では、東北ろうあ連盟青年部長さんの挨拶、大会宣言と続きました。

そのあと、13時半より、記念講演の1つ目が始まりました。

講師は、一般財団法人 全日本ろうあ連盟 青年部 中央委員の青山 裕香子 氏による「女性視点からの青年部活動について」というテーマでの講演でした。

 

大きく二部構成という形にはなりましたが、まずは青年部の紹介や活動の内容をお話し頂きました。特に、肝になったのは青年部活動の三本柱「仲間づくり、学習づくり、要求づくり」が大きな内容でした。

青年部のテーマ「未来は青年のもの」とあるように、やはり今から動き出さなければ!という意思をすごく感じる講演でした。

次に、講師の活動についてお話しいただきました。日本のみならず、海外への行事参加もあり、世界ろう連盟の青年部行事にも日本代表として参加されており、今までの活動や、今実行中の話しとかもいろいろお聞きすることができました。

 

お話しを聞いていて、心底ビックリしたものがあります。今、世界には192の国と地域があり、アジアはそのなかで約50の国と地域があります。しかし、日本でいう全日本ろうあ連盟のような協会や連盟は、アジアだけで20~30の国と地域でしかないということでした。

小さな国では、運営もとても大変だろうなぁと思い、やはり日本からアジアへ、という考え方もうなずけるようなお話を頂きました。

 

そのあと、青年部活動の三本柱を中心としたワークショップが行われ、参加者36人を4つのグループに分けて、それぞれ話しあいました。

私の班は、「要求づくり」が大きなテーマで、聞こえる人はわたし一人でしたので、ほとんど静観していたようなものでした。

班での話しでは、
参議院選挙の政見放送
▼テレビの字幕放送

といった内容が話題にあがりました。

 

参議院選挙が7月10日に行われました。多くの地域では、県単位の選挙区においては、手話や字幕放送がなく、地域でビデオ学習会といったものが行われていたと思います。

私も震災前、何年か前にビデオ学習会をチラッと見せてもらったことがあります。

班の中で、岩手県から参加された方がいて、今年の選挙ではビデオ学習会がなかったという話しを聞きました。

これで、聞こえない人が情報取得に詰まり、中には今年参政権をもらったばかりの18歳(?)20歳(?)の女性が、選挙で誰に入れていいのかわからず、結局両親に頼って両親と同じところに入れたなんていう話しを聞きました。

 

選挙公報といった新聞である程度は取得できるのではないかという話しが上がりそうですが、やはり政見放送は重要です。選挙公報は単なるまとめに過ぎず、やはり立候補者の心意気ややる気などは政見放送を通じてでないと、なかなかしれないところがあります。

私は都合により今回の選挙は、期日前投票のため選挙公報しか見ませんでしたが、(全国比例は時間のあるときにNHKのを見てました。)やはり、聞こえない方の参政権の獲得にはまだまだ大きな課題があると感じました。

 

また、聞こえないこどもたちがよく見るアニメにも字幕が入っていたり、入ってなかったりといった声などもあり、聞こえない子供達が楽しめるには字幕放送が欠かせません。しかしながら、映画とかになると、字幕の付与を拒む映画監督がいるという話しも聞き、映画監督らしいこだわりにすぎないと思いますが、やはり聞こえていても聞こえていなくても、娯楽を楽しむ権利は平等です。決して、聞こえないなら見なければいい、といった安易な考えに陥るのは、偏見ともいえます。

 

他の班では、学習会の参加条件はどこまで許されるのか?や、仲間を増やしていく機会をどうやって作っていくかといった話しが広がり、東北の青年部のみなさんの気持ちは熱い、まさに東北魂全開の討議があったことを印象づけられました。

 

そのあと、記念講演を終えて、会場から歩いて5分の旅館勘七湯に移動。

会場から5分歩くだけでも汗ダラダラで、少し部屋で休んでから、鳴子温泉を堪能しました!

交流会では、手作り料理が振る舞われ、大きな交流になりました。

 

特に、今回中央委員のみなさんとお話する機会があったことで、いろいろな話しをさせていただきました。中央委員のみなさんそれぞれが思っているやりたいこと、私がやりたいと思っていること、いろんな熱い話しを交わしました。お酒が入っていたこともあって、東北の青年会員のみなさんにもぶっべらぼうにいろんな話しをしました。すごく熱い、本当灼熱の地獄のようにべらべら話していたと思いますが、それだけ伝えたい思いが強かったんだろうなぁと思います。どこでスイッチが入ったのかはわかりませんが、多分ワークショップのとき、熱い議論を交わしていた参加していたみなさんの姿を見て、負けじと火を噴いたんだと思います。

 

ビールは缶ビールでストックがありましたが、チューハイ類はあっという間に底をつき、最後はアップルジュースを片手に様々な話しをしました。

気がつけば21時、22時、23時、24時、1時、2時・・・

時間を負うごとに交流会会場から人の数は少なくなっていきましたが、最後に成るについて、一つの集団となり、丸くなっていろんな話しをしていました。

 

今回、東北青研に参加して、交流会で参加した皆さんと話したことの中に、一つ重要なことを僕は中心的に話しました。

それは、将来を担う手話通訳者が勉強できる、学習できる機会をもっと作らなければいけない、ということでした。

お調子者がこんな話しをしても仕方ない気は正直話す自分でもわかってはいるつもりなんですが、今やらないで誰がやるんだという話しにもなってきます。小心者ですから、心臓はバクバクです。普段スラスラと手話ができるのに、その手も震えるほどでした。でもそれだけこの思いは強いです。

 

特に何回も繰り返した言葉があります。「10年後、20年後、30年後、手話通訳者は誰がやるのか」ということです。

今、やらなければ、今青年部として活動しているろうあ者も情報獲得の手段を減らします。手話通訳という職業はろうあ者のためだけではありません。読み取り通訳をする人がいなければ、社会で大きなダメージを喰らいます。

将来を担う手話通訳者の問題は、聞こえる人だけが担う問題でもありません。聞こえない人も一緒に考えてこそ、”両輪”という関係が生まれるのです。

 

例えば、車があって、右側だけ、もしくは左側だけしかタイヤがなかったらどうでしょう。車のディスクブレーキが地面に乗っかり、エンジンを付けてアクセルを踏んでもブレーキを傷つけ、ボティは痛むのです。

簡単に表現するなら、タイヤは聞こえる人と聞こえない人、ブレーキは社会で聞こえない人の理解を頂いている方、ボディは社会全体です。

タイヤが簡単にはずれてしまったら車は走れません。未来には進めないのです。

 

今、青年部、そして通研がともに、次世代を担う手話通訳者の問題をどこまで考えているかは知りません。私は中央委員でもないですし、通研の上層部でもないからです。

でも一つ言えるのは、このままでは手話通訳という仕事をする人は確実に減る、僕はそう思うのです。

 

全国では、N-Action合宿のように、次世代を担う手話通訳者自身が学ぶ機会はあります。しかしながら、次世代のことを、年齢も関係なしに話し合える機会は今のところ少ないとしか言いようがありません。ぜひ東北から一緒に考える機会ができればなと僕はいつもそう思っていたりします。だからその思いを伝えることにしました。

 

もしかしたら、来年変わるかもしれない。でも来年も変わらないかもしれない。何かアクションを起こしてこそだと思っています。自分も他力本願ではいけません。自分からも少しずつ前に進めていくことが最重要であると考えています。

 

まずは二年後を目標に。最近の私の口癖ですが、2年後は全青研が秋田で、東北青研は福島県で開催されます。そのときまで、今からどこまでできるのか。自分が自分にまけないための勝負です。

 

そんな熱い話しをして、翌朝2時。流石にまぶたが重く、これにて交流会は解散しました。

 

いろんな話しをしましたが、コミュニケーションにとって大事なことは一体なんでしょうか。相手を思いやった話しをすることももちろん重要ですが、言いたいことが言えなければコミュニケーションは成り立ちません。自分と一緒に将来、一緒に活動をしていく”友”であるからこそ、熱い話しを交わすのも悪く無いはずです。そう思うことができました。

 

案の定、これで4000字をゆうに超えていますので、この記事はここまで。